2019.11.18

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コラム

「科学するテレビCM」~デジタルの手法でマスに挑戦する

コラムはアイレップが運営するWebメディア「DIGIFUL(デジフル)」からご覧いただけます。

インターネット広告を中心に扱ってきたアイレップが、近年は動画広告やテレビCMの制作に乗り出しています。強みはインターネット広告で培った“成果に コミットする”デジタルの制作手法をマス広告に応用することで、「科学するテレビCM」を掲げて受注を伸ばしています。動画広告とテレビCMの現状や、アイレップの特徴・強みなどについて、同社のCDU / エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの平 知己と、クリエイティブ・ディレクターの後藤信悦に聞きました。

本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました。
https://seikatsusha-ddm.com/

インターネット広告のノウハウを活かした「科学するテレビCM」

後藤:アイレップは元々、バナーやリスティング広告に強みがあり、長年に渡り高速PDCAを回しながら広告効果を最大化する、といったことをやっていました。
近年は、テレビCMや動画広告の制作、コミュニケーションの設計にも取り組んでいます。これらの分野で今までのアイレップのノウハウを生かせれば、テレビCMや動画広告において科学的に取り組むことができるのではないか、と考えたんです。

平:テレビCMをデジタル視点で捉えると、実は多くの場面で最も効果的な媒体であるということが見えてきます。場合によっては、バナー広告よりもテレビCMのほうが顧客獲得単価であるCPA(Cost Per Acquisition)を低く抑えることができます。
現在テレビCM出稿量上位のD to C企業の多くが、CMの最後に検索窓を出して検索を促していますが、CMを流した直後にはどれだけ検索やダウンロードがされたかの実数値をリアルタイムで追っています。

エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター平知己

エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター平知己

つまり、バナーなどのデジタル広告で使われていたCPAやCPI(Cost Per Install)といったKPIが、テレビCMでも使われるようになってきています。D to Cやゲームアプリのような業界では多くのクライアントは投資のような考え方で広告を出したいと考えているので、「3億円かけて、100万ダウンロードを達成したい」といった具体的な目標を立てています。CMが話題になること、認知をとるというだけでは足りていないんです。
こうした状況を受けて、KPIやKGIとして検索数やダウンロード数 にコミットする形でCM制作を請け負うケースも増えてきています。

後藤:ナショナルクライアントの場合、テレビCMなどのマス広告の担当とデジタル担当で部署が分かれています。マス担当の部署は調査ベースでユーザーのインサイトを捉えますが、デジタルの部署はサイトの流入数や購買数といった数字を追いかけてPDCAをまわす文化があります。
一方で、アイレップのクライアントは 、D to Cのスタートアップやゲームアプリ会社などが最近増えていて、マスとデジタルを同じ部署が担当し、CMO(Chief Marketing Officer)1人で全てを担当している場合もあります。
これまでデジタルだけをやってきて、初めてテレビCMを打とうとなった場合、当然どれだけ効果が出るかシビアに見ています。しかしデジタル同様に効果を見たくても、それを一緒にやってくれる広告会社がいないという問題があります。
広告会社ではないとしたら、制作会社に頼むのか、コンサルに頼むのか……と悩むクライアントは多く、我々はそういったお悩みを解決したいと考えてサービスの提供を始めました。

平:アイレップは元々、検索結果に表示される「テキスト広告」からスタートしています。どういったキーワードを組み合わせれば、検索結果にヒットしやすいかを調べるため、単語を入れ替えて、より効果的な組み合わせを残し、無数の掛け合わせの中で最も効果的な組み合わせをつくるという多変量クリエイティブから出発しているということです。
このDNAがバナー広告にも生かされていて、バナーの背景や色、コピーや商材写真のパターンなどの大量の要素もふくめて最適な組み合わせをABテストで探します。
我々のテレビCM、動画制作は、テキスト広告やバナー広告で培った多変量クリエイティブやデータドリブンでつくるクリエイティブのノウハウを生かすことからスタートしています。動画でもバナーと同様に、その訴求が効くかを考えて、コピーやカット割、情報を出すタイミングなど各訴求ごとにABテストを実施し、最も効果がある組み合わせ=決勝戦モデルを探しているんです。

図1.演出と各要素をWeb調査にかけて決勝戦モデル

(図1.演出と各要素をWeb調査にかけて決勝戦モデル)

後藤:例えば、学習アプリのCMであれば、「値段をどう表示するか」「どういうメッセージを入れるか」「先生の授業風景を入れるか」「画面を分割するか」といったことを検討しました。値段の表示方法であれば、出すタイミングだけでなく、「月額いくら」とするか「1日換算だといくら」にするか、といった部分まで詰めていきました。実際に調査をかけた結果、一番いいカットや省くべき無駄なカット、効果的な組み合わせが分かり、勝ちパターンが見えたんです。その後、タレントの起用などより確実に広告効果を高められる施策を追加しました。こうした取り組みによって、CMを出す前にある程度効果が保証できるようになりました。

平:アイレップはサーチが強い会社なので、指名検索をリフトさせるCMを最も得意としています。それを見た人が、検索窓にワードを入れてくれればSEOを含めたデジタルマーケティングにつなげて購買やダウンロードに繋げることができます。
どれくらいのボリュームで検索されているのかはリアルタイムで出るので、どういったクリエイティブのCMをどういった番組の枠で放映すると相性がいいのかを調べ、効果を最大化します。メディアの買付けにおいてもPDCAを回すという考え方です。
博報堂の場合は、ナショナルクライアントから「認知率60%超えを目指したい」といった形で依頼を受けた場合、テレビCMを選択することが一般的です。一方で我々はクライアントから「スタートアップなので、認知率を0%から20%に引き上げたい」といった形でご依頼いただきます。それであれば、限られた予算の中でもネット広告とテレビCMを最適な形で出し分けることで高い効果を出すことができます。

データと仮説の組み合わせが重要

平:我々は博報堂DYメディアパートナーズと共同で“意味あるリーチ”である「イミアリーチ」というメディアプランニングのあたらしい指標や指針をつくっています。成果に近いロウワーファネルから逆上がりでミドルファネルのプランニングをしています。視聴率、含有率、認知率などの「%」でコミットするのではなく、検索数、コンバージョン数、リピート数などのアクチュアルデータの実数を捉えることを目指しています。
データ活用に力を入れていますが、それだけでもダメなんです。従来はクリエイティブディレクターのセンスや経験からCMがつくられてきましたが、改めてデータで検証してみると7割ぐらいが正しく、データだけでもセンスだけでもダメなことが分かります。両方の組み合わせが大事なんです。まさにアートと科学の交差するポイントがあるのです。

図2.イミアリーチで考えるマスメディア

(図2.イミアリーチで考えるマスメディア)

後藤:今まで僕らはある仮説を立てる際にデータを重要視することが多かったのですが、最近はそこに生活者の発想や、世の中の動向にも着目しながら仮説を立てるケースが増えてきました。ただ考えてみれば、そもそも仮説がないとPDCAって回せないんですよね。ABテストをやる場合でも、どちらがいいか比べるのであって0を1にすることはできません。

平:美容サロン予約サービスのCMをつくったケースでは、サービスの認知自体は90%を超えていて非常に高かったので、話題になるCMが課題を解決することではないと考えました。知っているけど使っていない。そこにヒントがあると。今までネットで予約できるというベネフィットしか伝えてこなかったからではないかと考えました。
ではどのベネフィットをCMにするのかを検討するときに、今までバナーのPDCAで出てきた勝ちパターンの上位から選び、なぜ効くのか、どこがユーザーのペインなのか仮説をたて、ストーリー化しました。
テストをしたところ、「美容師さんとのおしゃべりが苦手な人は、ネット予約画面で『静かに過ごしたい』を選べば悩みが解決する」というメッセージをメインにした動画への反響が大きかったんです。「美容師さんと会話したくない、と予約電話では言うのはハードルが高い」という仮説がないと、こういった内容にはなりません。

後藤:こういった仮説や、検索の流れのようなカスタマージャーニーは、これまで主流だったグループインタビューなどの調査手法では把握できないんです。こういうサイトを見ました、と本音で答えてくれるとは限らないし、無意識に動くこともあるかもしれません。

テレビはまだまだ面白い

平:クリエイティブがどういう印象かは、実際に生活者に見てもらわないと分からない、というのが僕らの考え方です。僕らのつくる動画はミドルファネルを意識したもので、元々はロウワーファネルからスタートしています。「何かを買いたい」という人の気持ちや行動を変えるのが目的です。例えば、「英語ができないけど今度海外出張がある、今知ったこのアプリで英語を勉強してみよう」といったように。これは、アッパーファネルを重視してきた総合広告会社と大きく違う部分だと思います。
「絶対この商品やサービスを好きにならない人もいる、そういう人には広告を出さなくていい」と考えるのも我々ならではの特徴ですね。デジタルの動画広告はターゲティング精度が高いですから、受け手ごとにクリエイティブをかならず作り分けるようにしています。

後藤:インターネット放送局やストリーミングサービスでは、テレビ番組とくらべて尖った内容のものが増えてきています。メディアは多様性をどんどん増しているので、我々としても「テレビも動画メディアの一つ」と認識して、最もコスト効率が高いプランニングができるように努力しています。

クリエイティブ・ディレクター後藤信悦

クリエイティブ・ディレクター後藤信悦

平:スマホ向け動画の場合は、クリエイティブのやり方も変わります。スマホだと縦に持って横画角を見るので、じつはとても小さい動画を見ているんです。バッテリーの持ちを気にして画面を暗くしている人が多いので動画真っ黒になっているとか、コピーが小さく入りすぎていて文字が読めないという動画もたくさんあります。YouTubeだったら5秒以内にスキップされないような工夫も必要です。Instagramのストーリーズのように縦型のフル画面も出てきました。こういった多様な画面に対応するためのメディアの研究もしています。
ただ、これは僕には懐かしく感じられる部分もあって、20年前にも「テレビと新聞と雑誌でクリエイティブをつくり分けるべき。そのためには各メディアのことがよく分かっていないと」と言われていました。一周して、各プラットフォームのメディアを研究しなければ効果が出ないということなので大事なことは同じなんだな、ということを感じています。

後藤:5年ほど前まではYouTubeの動画広告とテレビCMは同じ素材でした。Twitterも、テレビCMをどう加工して流すかを考えていました。でも今はそれが全く変わって、コアなコンセプトだけを統一させて、あとはメディアによってつくり分けるのが主流になってきました。

平:すべてがスマホのようなデジタルデバイスに集約されていくなか、今はスマホの動画広告とテレビCMを完全に分けて考える方向になっています。しかし、マーケティングで言うファネルのような認知して検討して購買に至るという構造自体が崩壊しつつあるというところにも注目しなければいけません。Googleの提唱するパルス消費というスマホで「秒で買う」という生活者が増えているということです。そうなってくると認知されるというのはますます意味がなくなってきますし、ビッグブランドだけが選ばれるという時代でもなくなってきてしまいます。
また生活者もより短尺でより刺激的な動画に慣れてきており、スマホの動画広告も即効性があるものだけになってきています。これに慣れた人は、テレビにも同じものを求めるんじゃないかとも思うんです。スマホ動画の勝ちパターンをつかったテレビCMが、どのような効果を出すのかも検証し始めています。

後藤:スクリーンを見る時間は長いけれど、飽きっぽい人が増えているから、映画の時間が短くなっているとか、ヒットした本が薄いとかも言われていますよね。2030年の人の感覚はどうなっているんだろう、といったことを考えていく必要があるなと思っています。

平:一方で、スマホテイストの動画広告が効くというのも一過性である可能性も考えなくてはいけません。VRやARが流行ったら没入感によってリッチで長いメディアが復権する、といったこともあり得るかもしれないので、将来を予測するのは難しいのですが。

後藤:いろいろあるとはいえ、「テレビは無くならない」というのは確実だと思っています。

平:今年のアドテックに登壇するのですが、「TVCMってまだまだ面白い」ということをお伝えできたらと思っています。講演にきていただく方は、デジタル系マーケター多いと思うので、「デジタルの考え方でマスをやることの面白さ」をお話したいと思います。

執筆者
平 知己(たいら ともみ)

2002年博報堂にコピーライターとして入社。2007年に日本におけるYouTubeを活用した事例の幕開けとなるカルピスソーダ学園新体操部、またPixivを活用した擬人化プロジェクトの先駆けとなったオレたちのゆきこたんキャンペーンなど数多くのSNSを利用したリブランディングキャンペーンに携わる。2017年からアイレップに参加。文化庁メディア芸術祭審査員推薦作品、電通賞金賞、ACCシルバー、AdFestゴールド、CODE AWARDベストブランディング賞など受賞多数。


執筆者
後藤 信悦(ごとう のぶよし)

学生時代はプログラミングを専攻、システムエンジニアを経て2012年にアイレップ入社。運用型広告のコンサルタントとして、株式会社博報堂DYメディアパートナーズに常駐後、日本最大級の不動産クライアント企業のプロジェクトマネジメントに従事。これまでの担当案件は100社以上。入社1年半でチームマネージャー、3年でトレーディングデスク組織の局長に着任。現在は、クリエイティブの領域で、動画制作や統合コミュニケーション設計に従事。企画から制作まで、業種問わずあらゆる領域をカバー。これからの“効く”動画広告の発掘に注力。