2019.01.30

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対談 |

特集

松浦弥太郎へ山本由樹がきく、人にとってのメディアの在り方 【前編】

コラムはアイレップが運営するWebメディア「DIGIFUL(デジフル)」からご覧いただけます。

平成最後の年。雑誌がおかれている環境に変化があらわれている。休刊していた雑誌『ぴあ』がアプリで復刊※1。『MdN』は休刊し、今後はウェブメディアになると発表※2。Apple社は雑誌などの購読サービスをオンラインで開始※3するという。

ものとしての雑誌が終わりつつある時代。いま雑誌は何を生み出すべきなのか。

過日収録し、保存をしていた対談を初公開する。
対談したのは、媒体の枠を越え活動をするこのふたり。

文筆家の松浦弥太郎さん。70年続く雑誌『暮しの手帖』編集長を辞して、2015年に『クックパッド株式会社』に入社し、ウェブへと舞台を移した。同社から独立した『株式会社おいしい健康』に参画。共同CEOに就任。『クックパッド』在籍時に創刊したウェブメディア『くらしのきほん』を成長させてもなお新たな挑戦へと駒を進め、複数のプロジェクトを手掛ける。

編集者・山本由樹さん。『株式会社光文社』で『STORY』の創刊、同誌編集長を務め、『美STORY(現 美ST)』を創刊。『美魔女』ブームを仕掛ける。2013年に『株式会社gift』を設立し、『DRESS』(幻冬舎)を創刊。2015年『株式会社編』を設立。時代を切り取る力でメディアの枠をこえた企画を世に残しつづけている。2017年までは地上波の情報番組でレギュラーコメンテーターとしても活動。

本や雑誌の世界を主戦場とし、その業界の発展にも貢献してきたふたりがみつめる雑誌とウェブ。
その「一歩先の可能性」とは。

― ふたりが待ち合わせたのは、神保町の古書街。週に1、2度は気に入りの書店を覗きに来る松浦さんと、この街に事務所を構える山本さんにとって、共になじみの場所だ。少し照れくさそうな「はじめまして」のあいさつを経て、訪れたのは映画・演劇の古書を集める『矢口書店』。思い思い、気になる本を手に取りながら、対話が始まった。

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ウェブ業界に転身したけれど
メディアを作るつもりはなかった

松浦『クックパッド』に入社した当初は、メディアを作る予定はなかったんですよ。

社員が300人くらいいる会社ですから、部署内に様々な課題があるでしょうし、その解決に『暮しの手帖』という違う世界にいて、ほぼ最年長である僕の経験がなにかの役に立つかもしれない。ひとつひとつ、そんな手助けができれば、というのが最初に思い描いていたことです。それで当時の穐田社長に「問題解決に関わっていきたいので、明日からいろんなミーティングに参加させてください」と伝えたら「それよりもメディアを作ってみては?」と、デザイナーをひとりつけてくれました。初めて来たネットの世界です。社長に試されているのかもしれない、という思いもあり、自分の中のすべてを投げ出す気持ちで、1日で企画書をまとめました。

山本:1日で。それはすごい。

松浦:翌日デザイナーに見せたところ、非常に感銘を受けてくれまして。「このメディアは私たちふたりでは作れません。協力を仰ぐために社内に発表したほうがいい」と言われました。そこで「松浦弥太郎がこれから何をやりたいのか、どんなメディアを作りたいのかプレゼンテーションをします」と全社にメールを送ったところ、ものすごくたくさんの方が参加を表明してくれたんです。

山本:そうでしょうね(笑)。そのプレゼンは僕も聞きたかったですよ。

松浦:結局、1回約40名の入れ替え制で、5回プレゼンをしました。おかげでやりたいことが周知されたのはよかったのですが、次の問題は、誰もが忙しくて開発を担当してくれるエンジニアがいない。新しいメディアをやるからには、社内で一番すごい人にお願いしようと思いまして、スーパーエンジニアと呼ばれる人たちにアポイントを取り、ランチをしながら直談判したんです。エンジニアはふだんメンテナンス業務を含め様々な開発を担当していますが、本来は0から1を作る仕事が大好きな人たちなんです。「やります」と返事はもらったものの、通常業務があるため平日に時間は割けない。ありがたいことに、土日や連休を返上してまでメディア開発に加わってくれたんです。

読者とのつながりが見えない
悩みから生まれたアイデア

山本:伺うかぎりでは松浦さんがネットの世界でやりたいと考えていたメディアが形になった。順調と言ってよいのではないでしょうか?

松浦:たしかにそうですね。しかし矛盾した言い方になりますが、これだけ多くの方が見に来てくださるメディアになり、頭の中にあったイメージが具体的なサービスになっていくのはうれしいのに、やりながらどこかすっきりしない気持ちを抱えていました。

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山本:それは、なぜなのでしょうか。

松浦:自分でも「なんだろう、この気分は」と思って考え続けてきました。ひとつは、社会や読者からの手ごたえが得づらい、ということがあります。雑誌なら、触って、買ってもらって、その人のものになるでしょう。でもウェブメディアはいわゆるシェアですから、読んでいるときに面白いと思ってくれたとしても、誰のものにもなるわけでもありません。アプリがあれば、多少の所有感を得ることができますが、それでも紙媒体の所有感には届かないでしょう。そこで2016年の2月にスタートした投稿サービス『わたしのきほん』は、つながりを感じられる解決策になるかもしれない、と始めたんです。

山本:そうだったんですね。

松浦:ありがたいことに、ものすごく盛り上がっていて、日々、投稿数が増え続けています。でも、このアイデアを形にして確信したこともあります。これは前向きな意味ですが、スマートフォンで読むメディアは雑誌とはまったく別のもの、すなわち暮しのツールであるということ。ですから、僕が若いころに雑誌を見て感じたワクワクや気づきに代わるものを生みだすものとは異なる、ということです。

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共通化したネットのルールから
気づきを生むメディアは生まれない

松浦:ウェブメディアには「スマートフォンで見やすいレイアウトはこれ」のような、ある種の“ちょうどいいバランス”があって、みんなそれを分かっているんですよね。だからテキストなら何文字くらい、動画なら何分以内、という共通化したルールも生まれてくる。そういう予定調和のようなものの中から、人をワクワクさせる何かが生まれてくるのか、と考えたら、僕は「違う」と思ったんです。

もちろん、雑誌のような感覚で何かを見たり読んだりする体験が、ウェブ上でゼロだと思いませんよ。ですが、あらかじめ決まっているバランスの中から、僕が若い頃に読んだ雑誌の「あの企画、あの1ページが忘れられない」というような感動が生み出せるのか、と言えば疑問です。

山本:雑誌とウェブメディアでは体験の質が違う、ということなのかもしれませんね。

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松浦:確実に言えるのは、投稿や検索など「何かをするために助けてくれるツール」としてスマホ上のメディアは優秀だ、ということ。どうやって世の中に役立つツールを作るか、という点では非常に面白さがある。一方で、当初思い描いていた「気づきやワクワクを届ける雑誌のようなメディアをウェブで作る」ことに対しては、少し熱が冷めてしまったところはあるかもしれません。

「一次情報」が価値を生み出す

山本:今、デジタル業界では多くの人が「いいコンテンツを作る」ことに注力しています。そんな中、雑誌で素晴らしいコンテンツを生み出してきた松浦さんが「ウェブメディアではワクワクは生み出せない」という結論を出した、ということにはすごく重みがあります。

松浦:ウェブメディアを否定するわけではないんですよ。ウェブだからこそできること、というのも確実にあって、そこに価値を生み出していけばいいんだと思うんです。

山本:と言いますと?

松浦:インターネット上にあるコンテンツは捨てられるものではなく、アーカイブとして永遠に残っていきますよね。僕が『くらしのきほん』で常に目指してきたのは、百年後の人が見ても古さを感じないもの、そして、感謝の気持ちを持っていただけるものを作ることです。たとえば『くらしのきほん』に掲載した記事は、今日新しく更新された記事として扱われてもまったく違和感がありません。トレンドやニュースに寄らず、基本や本質に目を向けて作っているから古さを感じないし、何回でも運用していけるメリットも生まれます。

山本:確かにそうですね。

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松浦:もうひとつ、大切にしてきたのが、すなわち、一次情報の発信に徹底的にこだわることです。アーカイブが残り続けるインターネット上では、これからコンテンツが増えるにつれ、求める情報を探すのが難しい時代になるでしょう。このメディアなら一次情報が見られる、出会えるという信頼もひとつの価値になるのではないでしょうか。

オリジナリティを高めて、独特の世界観を作っていくことで、わざわざ見に来たくなるサイトになる。ウェブメディアの新しい可能性があるとしたら、一次情報のアーカイブ、ここではないか、と思います。

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山本:『暮しの手帖』は未だにデジタルに手を付けていないですよね。そこにいた松浦さんが、こうしてインターネットメディアのことを語っているのは、やはり新鮮ですよ。

松浦:『暮しの手帖』を退社したのは50歳直前です。会社に残って編集長として過ごすこともできたのかもしれません。でも、これから先の人生を考えたとき、約束された場所に落ち着いてはダメだ、今までやったことのない新しいことをやってみたい、という思いのほうが強くなったんです。よく紙とデジタル、のような比較がありますが、雑誌をやっていた時代の後半は、自分たちのできないことをやっているネットの世界を脅威に思っていました。しかし今の時代に生きているのにネットサービスやメディアを否定してアナログにこだわるのも、ものすごく残念な気がして。それで興味を持ったというのはありますね。

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松浦さんは『くらしのきほん』を運営しながら、ある意味ウェブでメディアをつくることへの失望を感じていたのだと、インタビューしながら感じました。

数値指標で測れるウェブメディアのコンテンツの価値はユーザーの「使い勝手」であって、松浦さんが大切にしている「ワクワク感」ではない。クズコンテンツが上質なコンテンツを数値指標で上回ることはウェブメディアでは当たり前のようにある。

その違和感に失望しながらも「一次情報に徹底的にこだわる」という編集者の覚悟は、ウェブメディアの潮目が変わる今こそ、心に刻まなければならないメッセージだと思います。

松浦 弥太郎(まつうら やたろう)

1965年、東京都生まれ。文筆家、書店店主。10代での渡米を経て、2002年にセレクト書店の先駆けである『COW BOOKS』を中目黒に開業。2005年から『暮しの手帖』編集長を9年間務めた後、2015年に『クックパッド株式会社』に入社。ウェブメディア『くらしのきほん』を立ち上げ2016年12月に退社。2017年、『株式会社おいしい健康』共同CEOに就任。ユニクロ『LifeWear Story 100』の責任監修を手掛ける。2018年には、博報堂ブランド・イノベーションデザインと協業し、インナーコミュニケーションプログラム『じぶんのきほん』をスタート。ラジオ番組『かれんスタイル』(NHK第一)ほか、雑誌連載も多数。

『今日もていねいに』(PHP文庫)『考え方のコツ』(朝日文庫)『100の基本』(マガジンハウス)他、著書多数。

山本 由樹(やまもと ゆき)

1962年、福岡県生まれ。編集者、コンテクスト・クリエイター。1986年『光文社』に入社、『週刊女性自身』で16年、その後『STORY』創刊メンバーとなる。2005年~2011年まで同誌編集長。2008年『美STORY(現 美ST)』を創刊し、『国民的美魔女コンテスト』を開催。『美魔女』ブームを仕掛ける。2013年に『株式会社gift』を設立し、『DRESS』(幻冬舎)を創刊。2015年『株式会社編』を設立。2016年から2017年にかけて開催された『ローソンドリームアーティストオーディション』を総合プロデュース。2017年7月にフリーマガジン『TOKYO VOICE』を編集長として創刊。2017年9月まで日本テレビ『スッキリ』でレギュラーコメンテーターを務める。

著書に『欲望のマーケティング』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『会社を辞めても辞めなくてもどこでも稼げる仕事術』(共著・藤田晋氏ほか、SBクリエイティブ)。

INTERVIEW/山本由樹(編) PHOTOGRAPHY/七咲友梨 EDIT/山若マサヤ TEXT/木内アキ DIRECTION/小野洋平(Irep)